2012年度国際法ゼミ

  • ゼミ一同全員集合
    本年度のゼミをフォトアルバムで紹介していきます。

2011年度国際法ゼミ

  • 卒業式の日に(2012年3月25日)
    東日本大震災の直後の2011年4月から緊張した状態で始まったゼミでしたが、進むにつれて打ち解けていきました。最終的なゼミ論の完成まで頑張りました。

2010年度国際法ゼミ

  • 2010年ゼミ卒業記念アルバム写真
    2010年度の法学部国際法専門ゼミのアルバムです。 3,4年合同なので、人数は30人になります。これまでのゼミで最も大人数となりました。

2009年度法学部国際法ゼミ

  • 記念撮影
    共通テーマ「国際人権・人道秩序の再構築」

2008年度国際法ゼミ

  • 北村ゼミ全員集合
    2008年度中央大学法学部国際法ゼミの紹介 「国際人権・人道秩序の再構築をめざして」

2007年度国際法ゼミ

  • クリスマスの季節・忘年会後
    国際法ゼミ(2007年度)の紹介アルバムです。

2006年度国際法ゼミ

  • 2006年度のゼミ生集合写真(2)
    2006年度国際法ゼミのアルバムです。

熊本紀行

  • ライトアップに照らし出される熊本城
    2009年9月14日から19日まで、熊本大学法学部にて集中講義(国際人権論)を行いました。 2011年1月21日、22日に所用のため熊本大学を訪れました。

2013年6月27日 (木)

ドイツのトリーアにて

1.ストラスブールのセミナーを終えて,23日からは,ドイツのトリーア(Trier)という街に短期滞在中である。

 

2.この街の歴史は,ローマ時代にまでさかのぼる。ドイツで最も古い街として知られているが,日本人はほとんどなじみのないところのようだ。

 

3.ルクセンブルクにも近いこともあって,当地には「ヨーロッパ法アカデミー」(Academy of European Law)という機関が置かれている。この機関は,EU法の諸問題に関するEU各国の法律専門家,つまり裁判官,検察官,弁護士をはじめ,警察及び関係諸官庁の職員等の研修施設として機能している。

 

4.624日から28日までの5日間にわたって,EU刑事司法に関するサマーコースが実施されている。50名ほどの各国からの専門家に混じって,コースに参加している。EU刑事司法の諸問題に関する講演,ディスカッション,グループ討論のような形で進められていて,興味が尽きない。

 

5.ストラスブールの拘禁問題セミナーと同様に,EU刑事司法に関するサマーコースという企画もEUとその加盟国がEUの刑事司法協力体制の構築と関係立法がめざましく展開していく状況を背景に,専門家の研修を充実させるために実施されているのであろう。

 

6.今日は,ルクセンブルクのEU裁判所(Court of Justice of the European Union)まで40分ほどの間バスに揺られて,法廷の見学と審理の模様を傍聴してきた。実際のEU裁判所(一般裁判所)の法廷で訴訟当事者の弁論の模様を間近にするのは初めてであった。非常に貴重な経験であった。午後は,EUにおける捜査共助体制に関する講演が続いた。


7.このサマーコースで扱われている,EU刑事司法,特に,ヨーロッパ逮捕状(European Arrest Warrant)の実施に関わる問題については,現在論文を執筆中であり,その意味からも,大いに勉強になっている。


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写真上,参加者記念撮影

写真下,ヨーロッパ法アカデミ(ERA)ーの看板

2013年6月25日 (火)

ストラスブールでの拘禁問題に関するセミナー

1619日の朝945分発のルフトハンザ航空,フランクフルト行きの便にて成田を発って,同日の夕刻8時にフランスのストラスブール駅前に到着した。

 

2.翌,620日,21日の2日にわたって,当地において拘禁問題に関するセミナーに参加した。英国,ノッチンガム大学のデレク・ヴァン・ズィル・シュミット教授の基調報告に始まり,ヨーロッパ人権裁判所のデ・グアテノ判事の講演,さらにNGO,イギリス,フランス,ポーランドなどのヨーロッパ各国の刑事専門弁護士,ドイツの裁判官などの実務家の報告が続き,様々な視点から議論がなされた。

 

3.拘禁問題は,ヨーロッパ諸国の間では,ヨーロッパ逮捕状の制度が2002年に制定されて以後,国境を越えて,被疑者,被告人の拘禁が行われるようになった。

 

4たとえば,イギリス人のX氏がポルトガルに滞在中の犯罪行為(たとえば,窃盗や詐欺など比較的に起こりうる事件)を理由に,イギリス帰国後にポルトガル当局により発給された逮捕状により,自国民の身柄の引き渡しを請求されるような事件が日常的に起こるようになった。この場合,英国当局は,Xの身柄を確保して,ポルトガルを引き渡す義務を負うことになる。

 

5.こうした事案が多発すれば,いずれの国も自国民である被疑者,被告人が他国において刑事裁判手続き上の諸権利を全うに保障されるかどうかについて,無関心ではいられなくなる。もちろん,自国民を保護することだけが目的ではなく,国境にかかわらず,ヨーロッパにおける刑事手続き上の諸権利の保障が目的ではあるが。

 

6.具体的には,通訳の確保,被疑者の処遇,勾留施設の環境,長期にわたる起訴前勾留期間の問題,被疑者・被告人が弁護士の援助を受ける権利,量刑の均衡性の問題等,問題は山積している。

 

7.このような問題を背景に,現在,EUを中心にして,被疑者,被告人の刑事手続き上の諸権利に関する共通の基準を打ち立てようとしている。具体的には,刑事司法分野における「指令」(directives)の採択がすでに部分的に行われて,さらにより多くの問題に関する指令の採択が課題となっている。

 

8.これまで,EU諸国は,刑事手続問題や被拘禁者の人権問題には,取り組みが行われていなかったが,2009年末のリスボン条約の発効以後,急速にこの分野での動きが活発化している。犯罪は国境を越えて行われるというだけでなく,自由に国境を越えて人が移動するようになれば,刑事手続き上の諸権利の確保も,当然に国境を越えた関心の対象となる,ということになるのだろう。

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(上掲写真は,ライトアップに映えるストラスブールの大聖堂)

2012年11月27日 (火)

晩秋の晴天の日に

2012_1127_takahatahudo_00_2昨日の雨もやんで、今日は朝から晴天でした。

午前中に多摩キャンパスまで行く用事があるので、ついでに高幡不動の紅葉をカメラに納めようかと思い立ちデジカメを鞄にしまい込んで出かけました。

まずは高幡不動のシンボルタワーを一枚。パチリ。(写真をクリックすると拡大します)朱色の五重の塔が青い空に映えていました。

2012_1127_takahatahudo_061_4高幡不動の裏山の自然道は88カ所巡りのお遍路道になっています。ちょっと歩いて登ってみることにしました。

登ると言っても、40~50mほどの小高い丘程度なので、5分も歩くと頂上付近までいけます。昔は、ここに山城が築かれていたそうです。

丹沢山系の山の後ろに白く雪化粧をした富士山がちらりと顔をのぞかせています。木立が邪魔してなかなか撮影ポジションが決まりません。

2012_1127_takahatahudo_02次に東の方向にレンズを構えると、西新宿の高層ビル群と東京スカイツリーまで見渡すことができました。

同じ場所で富士山とスカイツリーが見渡せるというのも、なかなか貴重な場所です。

その昔には、ここに「高幡城」という山城があったというのもうなずけます。見晴らしがすごくよいのです。戦略の要衝という訳ですね。攻めてきた敵勢の動きをいち早く察知することができるのでしょう。

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山道には紅葉(もみじ)が陽に映えて輝いて見えました。

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こちらは第80番目の地蔵尊。

赤い毛糸の帽子がお似合いです。

2012年10月 9日 (火)

タイ人逃亡容疑者の逮捕に関して

1.昨日(10月8日)、19年前に池袋で日本人女性を殺害したタイ人の容疑者がタイで身柄を拘束されたとのニュースがありました。

 この事件に関連して昨日の午後、祝日にもかかわらず授業を終えて、研究室で休息をしていたところ、テレビ朝日のスタッフと名乗る人からの電話を受けました。

 趣旨は、犯罪人引渡条約が締結されていないタイとの間で、この事件の処理にはどのような法律的な問題があるか聞きたいということでした。

2.とりあえず電話で質問に答えていたら、これから研究室までインタビューに来るということになってしまいました。しばらくして、研究室にディレクターとテレビカメラを担いだスタッフが到着。次のような点について、インタビューに答えました。

 
 ①今回の身柄拘束がなされたにも関わらず、日本への引き渡しはなぜ行われないのでしょうか。

 ②わが国は、犯罪人引渡条約を締結している数が著しく少ないのはどうしてでしょうか。

 ③諸外国では犯罪人引渡しにどのように取り組んでいるのでしょうか 。

 
 ざっとこのような点についてカメラを前にインタビューに答えました。しかし、夜になってから、山中教授のノーベル賞受賞という慶賀すべきニュースが飛び込んできたためでしょうか、実際の放送(「報道ステーション」という番組です)は、ほんの10秒ぐらいになってしまいました。

3.そこで、上記の3つの点についての昨日のインタビューを思い起こしながら、どのような受け答えをしたのかについて、ブログに書きとどめて補足しておくこととします。

 ①まず、犯罪人引き渡し条約が締結されることによって、容疑者等が外国に逃亡したのち、現地で逮捕されれば、条約に従って引き渡しを求めることができますが、条約がなくても「国際司法共助」という形で、相互の協力により引き渡しが行われることもあります。これは国家間の自発的な協力で処理するやりかたです。また、引き渡しを行なわないで、逮捕された国において起訴し、処罰するという方法もあります。その場合には、日本側から捜査資料等を相手国に送って、裁判の証拠とすることができます。

 ②現在、日本が犯罪人引渡し条約を締結しているのは、アメリカと韓国との間だけです。わが国は、島国であり、以前は日本にやってくるための交通手段も限られていましたが、現在では、航空機の大量輸送時代になり簡単に国境を越えて行き来することができるようになりました。特に、1980年代後半のバブル経済の頃には来日外国人が急増し、中には罪を犯す者もでてきました。それに応じて、逃亡犯罪人引き渡し条約の締結の要請は高まりましたが、実際にはあまり条約の締結は進んでいません。

 その理由としては、言葉や法制度の違い、特に量刑の違いが壁になっています。ただし、やはり容疑者等が外国に逃亡した場合には、捜査は難しいのでそれっきりになってしまい、事実上、無罪放免に近いような状態になってしまいます。これは、やはり問題ですので、今日の時代の要請に応じた引渡条約の締結、整備は必要だと思います。

 
 ③外国では、それぞれの国によって実情に違いはありますが、日本のように2国間の条約が2つしかないという国はまれです。人々の往来の頻度が多くなるに応じて、引渡条約の締結の必要性が高まります。ヨーロッパ諸国間では陸続きですから、犯罪者がたやすく国外に移動することができます。ですから、犯罪人引渡しに関する法制度は、19世紀中頃から発達してきており、現在ではヨーロッパ諸国間には、一般的な条約や制度があって、引渡しがかなり日常的に頻繁に行われています。

 特にEUの27ヶ国の間では、原則的に国境検査がありませんから、犯罪者が簡単に国外に逃亡することもできます。そこで、テロや国際的な組織犯罪に対応するためにも、逃亡犯罪人の引渡しを簡便かつ迅速に行う必要があります。ただし、何が何でも容疑者を迅速に引渡すのが良いという訳ではなく、容疑者の人権への十分な配慮も求められています。

4.ざっとこんな感じでしょうか。多少の付け加えた分もありますが、昨日のインタビューの内容を思い起こしながら、以上に簡単にまとめてみました。

 実際に放送されたのは、アンダーラインの箇所です。

 それにしてもテレビのインタビューというのは難しいものですね。

2012年5月31日 (木)

チャールズ・ティラー元リベリア大統領に50年の拘禁刑判決

1.シエラレオネ特別法廷とは

 西アフリカの小国であるシエラレオネは、1990年代から2002年ごろまで内戦が続いていた。その間に行われた残虐、非人道的な行為を処罰するために国連の支援を受けて「シエラレオネ特別裁判所」が設置されている。同裁判所は、5月30日に戦争犯罪などで起訴されていたチャールズ・ティラー(Charles Taylor)元リベリア大統領に対して50年の拘禁刑(禁錮刑)を言い渡した。

2.チャールズ・テイラー元大統領に対する訴追理由

 シエラレオネの隣国であるリベリアのティラー元大統領は、1990年代後半に続いたシエラレオネ内戦の反政府武装勢力の一つである「革命統一戦線」(Revolutionary United Front)に対して武器を提供することにより支援し、介入したことが問われていた。シエラレオネ内戦時代の人道上の犯罪、戦争犯罪を裁くために設置された特別法廷は、ティラー元大統領に対してテロリズム、殺人、強姦、虐待の他、少年兵を徴募し使用したことにより非人道的行為などの11の容疑で訴追されていた。2359頁にも及ぶ長大な判決は、同裁判所のホームページからダウンロードすることができる。

3.内戦への関与

特にティラー元大統領は、国際社会の信頼を裏切る形で内戦に介入し、武器提供の見返りとしてダイヤモンドを手に入れ私腹を肥やしたされる行為が量刑の判断において加重的な要素になっているようだ。シエラレオネ内戦とダイヤモンド取引との関係については、レオナルド・デカプリオ主演のハリウッド映画「ブラッド・ダイヤモンド」でも話題となった。

3.ダイヤモンド取引との関係

公判の過程では、スーパー・モデルのナオミ・キャンベルさんが検察側証人として出廷したりしたことも話題となった(このブログでもとりあげた)。キャンベルさんは、ティラー被告人からダイヤモンドの原石を譲り受けたことがあるかどうかを問われたものである。もちろん知らずに譲り受けたこと自体は罪にはならないだろうが、それが事実であればティラー被告人がダイヤモンド原石を所持していたかどうかの重要な証言となる。キャンベルさんの証言は判決文(5368段)でも証明の一部として援用されている。

4.判決の意義

ティラー元大統領に対する今回の判決の意義は、たとえ国家の大統領(元首)であっても、戦争犯罪、人道上の犯罪に該当する行為を犯せばその責任は必ず問われるべきことを実際に確認したことであろう。ただし、64歳の元大統領に対して50年の拘禁刑判決は、実質的に終身刑も同様であり、厳しすぎると弁護側は主張している。したがって、控訴する方針と伝えられている。だが、ティラー元大統領の行ったことは、いわば隣家の火災に際して、薪(たきぎ)をくべたり油をかける行為と同じことのようである。人間のする行為ではない。この判決によっても、シエラレオネ内戦によって失われた多数の命が蘇ることはなく、心身の障害が癒やされる訳でもない。しかし、将来発生する残虐行為に対する警鐘とはなるだろう。

4.国際刑事法廷の実効性確立に向けて

国際社会には、常設的な国際刑事裁判所(ICC)を初めとして、旧ユーゴ国際刑事裁判所、ルワンダ国際刑事裁判所の他、シエラレオネ特別法廷のような混合裁判所も設置されている。カンボジアのクメールルージュの指導者を訴追しているカンボジア特別法廷も混合裁判所の一つである。今年になってから、これらの国際刑事法廷による注目すべき判決が続いている。

すなわち、国際刑事裁判所(ICC)は、3月14日にコンゴ・民主共和国のルバンガ被告人に対して少年兵を徴募し、戦争に駆り立てたことなどにより有罪判決を言い渡したばかりである。カンボジア特別裁判所も2月にS21政治犯収容所の元所長に対して有罪判決を2月に下したところである。植えた種が開花し、やがて実を付けるように、これまでの国際刑事法廷の設置をめぐる長い努力がようやく報われる結果を迎えているといえるだろう。

シエラレオネ特別裁判所のホームページ
http://www.sc-sl.org/

2012年5月 5日 (土)

CIAによるレンディション事件をヨーロッパ人権裁判所が審理

1.レンディションとは

 レンディションと(rendition)いう言葉を知っている人はそう多くはないだろう。エクストラオーディナリー・レンディション(extraordinary rendition)という言葉もある。私は「特別送致」などと意訳している。米国のCIAがテロリスト容疑者を逮捕状なく密かに拉致、監禁して、拷問、暴行の上、いずことも知れない外国に移送して裁判にかけることもなく長期間被疑者を拘束した上、闇にかくれて処理する。

 本来、テロ犯罪の容疑者であれば、正式な逮捕状を用意して身柄を逮捕し、なおかつ国外への引渡しが必要であれば、きちんとした手続をとる必要がある。しかし、この「特別送致」では、「対テロ戦争」の名の下で法の適正手続きなどは何の意味も持たない。そんな無法な人権蹂躙が行われていたとしたら、いくら何でもひどすぎる話である。

 また、仮に、このような目にあった被害者が無事に生還した後に、裁判で加害者の違法性を訴えようとしても、強大な組織と権力を相手として不利で困難な闘いになるであろうことは想像できる。

 
 そのような事件の一が、ストラスブールにあるヨーロッパ人権裁判所(European Court of Human Rights)に繋属中である。この事件について、5月16日に人権裁判所の大法廷において公開の聴聞審理が行われる予定だそうだ。※1

2.マケドニアで逮捕と拘禁

 原告は、レバノン系のドイツ人であるエル・マスリ(Khaled EL-Masri)氏。申立人のおよその話では、事実の展開は以下のようである。

 同氏が2003年12月31日にバスでバルカンの小国・マケドニアに入国しようとしたところ、正規のパスポートを所持していたにもかかわらず、マケドニアの警察によってテロリストと疑われ、身柄を拘束された。その後、首都スコピエ市内のホテルに23日間、監禁され尋問をされた。

3 アフガニスタンへの送致とCIAによる尋問

 身に覚えのない容疑を突然かけられ、不当な取扱いを受けたあげく、マケドニア警察当局から米国のCIAに引き渡され、目隠し、手錠をされ、さらに足枷までされて特別の飛行機便でアフガニスタンに連行された。その後、カブール市内のCIAの秘密拘禁施設に収容され、さらに尋問と虐待を受けた。後日解ったことだが、氏の名前がテロリストとして指名手配中の人物と似ていたというそれだけのことによって、あらぬ容疑をかけられたらしい。

 氏は、抗議のためにハンガーストライキを実行したが釈放が認められず、結局、2004年の5月まで逮捕状もなく拘禁されたあげく、裁判を受けることなしに長期間、狭く不潔な部屋に監禁され、暴行、虐待を受けた。2004年3月に抗議のためにハンストを行ったときにはチューブによる食事を強制され、様態が悪化した。その後はベッドに伏せた状態になったが、5月に2回目のハンストに入ったところ、目隠しに手錠をされたまま飛行機に乗せられた、アルバニア経由して、ドイツのフランクフルト国際空港に連れ戻された。釈放時には、半年前の出国時に比べて体重が18キロも減っていたそうだ。

4 マケドニア当局の話

 マケドニア当局は、氏は入国の際に偽造旅券を持っていた容疑により取り調べを受けた後に、釈放され、コソボへと出国したと主張しているようである。

5 人権条約との関連

 以上のような一連の事実に関してエル・マスリ氏は、マケドニア当局による不当な逮捕、恣意的拘禁及び十分な調査の実施拒否などは、人権条約の第3条(拷問、残虐な又は非人道的取り扱いの禁止)、第5条(恣意的逮捕拘禁の禁止)、第8条(プライバシー、家庭生活の尊重)などに違反している主張している。

6 人権裁判所の役割

 人権裁判所が小法廷から大法廷に本件の審理を移管したこと自体が、この問題の重要性を暗示している。マケドニアはヨーロッパ人権条約の締約国であるから人権条約上の義務を負い、また人権裁判所はマケドニアに対する訴えを審理する権限はあるし、マケドニアが人権条約に違反したかどどうかが問われている。マケドニア当局は、少なくとも本事件について調査を行い、容疑者を捜査しその責任を追及する義務があるだろうし、その点で義務違反が問われる可能性がある。また、CIAに引渡した結果、どのようなことが予想されるかマケドニア当局が知っていたとすれば、その点についての責任も問題となるだろう。

 したがって、この裁判は、米国CIAによるレンディション自体が国際法及び人権条約違反であるかどうかどうかを明らかにするものではない。しかし、マケドニアと米国はいわば一蓮托生の関係にあると思われるので、間接的には米国のレンディションの合法性も問われているとえいよう。ただし、米国はヨーロッパ人権条約の締約国ではないために米国政府を相手とする訴訟をヨーロッパ人権裁判所で提起することはできない。そこでいわば、米国の手先となって動いただけの、マケドニアという小国を相手とする訴訟なのだが、それでも人権裁判所がこの問題についてどう判断を下すかは米国の関与とその責任の一端を白日の下にさらすという点で重要である。

 強大な権力を相手として個人が訴えを起こしても、証拠等の収集では非常な困難がある。しかし、該当日時の飛行機の管制記録などの客観的な証拠がないわけではないだろう。今後予定される判決でマケドニアの人権条約違反が認定されることになれば、米国当局の活動の違法性とそれに対する責任を間接的に肯定することになる。今の段階では、判決を予測することはできないが、人権裁判所が、ヨーロッパ諸国だけでなく、国際社会全体における人権と法の支配を擁護する砦として、どのような役割を果たすかが注目されるだろう

7 関連記事

なお、以上とは別に、エル・マスリ氏の事件は、米国自由人権協会の弁護士らによって米国の裁判所でもCIA長官らを相手とする訴訟が提起されたが、国家機密に関する内容であるとして、棄却されている。

  以上の典拠(ソース)については、ヨーロッパ人権裁判所の2012年4月26日付けのPress Releaseを参照。

また、Open Society Foundationのホームページでも概要を知ることができる。

http://www.soros.org/initiatives/justice/litigation/macedonia

※1 人権裁判所の大法廷は17人の裁判官によって構成される。人権裁判所の審理は通常は、7人の裁判官によって構成される小法廷で審理されるが、条約解釈に影響を与える重要な事件である場合には、小法廷は大法廷に管轄を移管することができる(ヨーロッパ人権条約第30条)

2012年4月10日 (火)

外堀の桜

今日から市谷の法政大学で授業を1コマ受け持つことになった。

法政大学の市谷キャンパスは、外堀のすぐ近く。

授業を終わってから外堀周辺を歩いてみた。

明日は桜吹雪も予想されるので、今年の桜の見納めかも知れないと思いカメラにおさめた。

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2012年3月25日 (日)

高幡不動の梅

今日は大学の卒業式がありました。

久しぶりに天気が良かったので、途中で高幡不動の梅を見に立ち寄ってみました。

下から見上げると五重の塔を覆うように紅梅と白梅が咲いていました。

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こちらでは、紅梅と白梅が1本の木に咲いていました。

「源平咲き」とか「源平仕立て」というのだそうです。

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ことしは今頃ようやく梅も満開です。あと1週間ほどで桜もほころぶのでしょうか。満開はさらに遅れそうです。

こちらは、「しだれ梅」(白梅)です。

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カンボジア・集団殺害(ジェノサイド)博物館(Genocide Museum)

  • 供養塔
    カンボジア、プノンペンのジェノサイド博物館の写真  1975年~1979年にかけてカンボジアを支配していたクメール・ルージュ(赤いクメール)政権の下では、現代史上にもまれなジェノサイドが行われ、約170万人の犠牲者を出したと言われている。人道に対する罪を犯した虐殺の責任者を処罰するために、国連とカンボジア司法当局との共同により設置された特別法廷において裁判がようやく開始された。  この裁判では、ポルポト政権の責任者が訴追されようとしている。国際人権・人道法の実施が、果たして確保されるのかどうか、この裁判の行方に注目していきたい。  この博物館は、当時、多数の政治犯等を捕らえ、拷問の上、殺害を実行した場所である。決して物見遊山で訪れるような場所ではない。しかし、かつての忌まわしい行為の実態を知ることにより、人間の愚かさを顧みる意味はあるだろう。 ※一部に凄惨な写真があります。ご留意ください。

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