西松建設事件の和解―戦後補償事件解決への新たな一歩
最近、不正献金疑惑で話題になっていた西松建設(株)は、中国人強制連行事件の被告として糾弾され、原告らと対峙して来たことでもよく知られた企業である。先週、10月23日、その西松が強制連行の被害者に対して和解金の支払いに応じたと発表された。同社のホームページによれば、2億5千万円を「西松安野友好基金」として自由人権協会に信託し、被害者360人に対して一括して和解金を支払うこととした、との内容である。
この事件は、中国人の原告らが太平洋戦争末期に中国から強制連行されて、広島県内の水力発電所の工事現場において建設作業員として過酷な重労働を強制された上、幾人かの死者を出すなどのことに対して損害賠償を被告西松建設側に求めて争った事件である。原告らは戦後の混乱の中で補償も受けずに、時が経過して訴訟を提起したが、法解釈の壁は厚く事実上、救済が与えられずに今日に至っている。
第1審では、消滅時効の援用により原告の請求を斥けた。控訴審においては、原告の請求を容認する判断を示していた中で、最高裁は2007年4月27日の判決により1972年の日中共同宣言及び1978年の日中平和条約の規定により中国政府が日本に対する戦後賠償請求権を放棄したことによって、個人の請求権も放棄させられたとの解釈によって、原告らの請求権を否定する判断をしめしていた。
また、最高裁は、日中両国間の基本関係を定めた「日中平和友好条約」(1978年)にはサンフランシスコ平和条約のごとき賠償放棄を定めた規定が存在しないにもかかわらず、賠償放棄に言及している日中共同声明(1972年※[1])に法的効果を認め、サンフランシスコ平和条約14条b号[※2]と同様の賠償放棄条項が日中間にも妥当するとの解釈を示した。これは、いわば相当の「こじつけ」的又は「離れ業的な解釈」であったように思われる。この判断により、以後、一連の戦後補償裁判において原告側の勝訴の機会は奪われることになっていた。ただし最高裁判決も原告らの置かれた状況に一定の理解を示し、被告企業に対して和解に応じるようにとの付言していたことは重要である。
今回、西松建設側が企業体質を変えて、企業の社会的責任を考慮することにより今回の和解に応じたことは大変歓迎するべきことである。民主党の小沢一郎代表(当時)に対する不正献金疑惑等によって重大な社会的な責任を追及された結果、最近、同社がこれまでの態度を改めたことが影響を与えたと思われる。そうだとすれば、今回の企業側の譲歩は、瓢箪から駒という面もあるかもしれないが、コンプライアンスを実践した結果として高く評価されよう。戦後補償事件でのブレイク・スルーとなりうる画期的な和解である。 戦後責任裁判において中国や他の諸国からの訴訟において敗訴した事案についても、今回のような和解という手段により実質的な補償を措置していくべきであると考える。
他方で、戦後責任の問題は、一企業だけの責任ではなく、戦争遂行のために労働力を確保するために、日本国が行った国策と深く関係している。そう考えるならば、国がこの問題に対して何もしないということが問題であろう。
※1 【日中共同声明第5項】
「中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する。」
※2 【サンフランシスコ平和条約14条b号】
「この条約に別段の定がある場合を除き、連合国は、連合国のすべての賠償請求権、戦争の遂行中に日本国及びその国民がとつた行動から生じた連合国及びその国民の他の請求権並びに占領の直接軍事費に関する連合国の請求権を放棄する。」
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