わが国における国際人権法の受容と国籍法改正案
1.12月3日(水)の18時から、霞ヶ関の弁護士会館で開かれた国際人権に関する研究会に法科大学院の学生らとともに参加した。テーマは『日本の弁護士よる国際人権法活用の道程』ということで、1979年の国際人権規約の批准当時から、現在に至るまでの間に、日弁連の活動を通じて国際人権法がどのように活用され、わが国の法規範の中で国際人権法が展開してきたかを振り返るという企画であった。
確かに、このように30年にも及ぶ期間を振り返ってみれば、国際人権条約の批准により新規に立法が行われたり、条約の要請に適合するように法律が改正されたことは、幾度かに及んでいる。また裁判実務を通じて国際人権法は、いくつかの有意義な判決にインパクトを与え、またその価値を発揮してきた。
2.他方で、30年経過して未だ達成されていない課題が多いことにも気がつく。1979年に国会において国際人権規約が批准されたとき、30年経過した後にも、個人通報権を認める選択議定書も批准されていないとは想像しなかった。
わが国では国際人権法の積極的な展開がこれまで不足していた訳は、国際社会における我が国が置かれた立場と無縁ではないと思われる。国際人権は、西欧的な起源を有しており、ヨーロッパやラテンアメリカ諸国においては共通の文化的、宗教的な遺産を共有しあう共同体的な環境が背景にある。それに対して、我が国は、そのような共通の人権的な伝統が存在しないアジアに位置しながらも、西欧的な人権、民主主義等の価値を共有する立場をとりつつ、文化的な基盤はアジアに軸足を置いているのである。そのような独特かつ複雑な国際的地位にあるといえる。
他方で、そのようなアジアの一国としての文化的背景を背負いながら、アジア諸国と欧米その他の諸国との間の架け橋となって、受け入れ可能な共通の普遍的人権規範を浸透させていくこともわが国の役割であろう。
3.わが国がアジア諸国のなかで友好的な関係を築くとともに、ソフト的なパワーを発揮しようとするならば、人権面においても襟を正し、「まずは隗より始めよ」の精神で臨むことが求められるであろう。すなわち、国内において国際人権法の活用をさらに図る必要がある。そのためには、従来から既に指摘されているように、日本国憲法の人権規範の中に国際人権法の基準をとりこみ、日本の法体系の下で国際人権法の具体化をさらに強固なものとすることが課題となるだろう。
4.そのような意味で、本年6月4日の最高裁による日比混血児の日本国籍確認訴訟に関する国籍法3条違憲判決は、画期的な意義を有している。同判決では、国際人権自由権規約や子どもの権利条約を引用しながら、違憲判断を導いていたのである。この判決は、日本人である父とフィリッピン人である母から生まれた非嫡出の子に本来認められてよいはずの日本国籍を認めるたという点では当然であるとも言える。当然のことが当然でなかったことがおかしいのであるが、遅まきながらも国際社会におけるわが国の地位をも考慮した上で、従来の法制度の誤りを正したという点で意義がある。
5.今日のニュースでは、この違憲判決を受けて国会において国籍法改正案が可決される運びとなったことを伝えている。将来を背負っていく子どもたちに日本国民としての地位を認め、権利を保護することができたという点でも、またアジア諸国との共存を図っていくというためにも本件判決は、評価できる。
今回の国籍法の改正につながるは一連の法的展開は、アジアの中の日本という立場において国際人権法を推進していく手がかりがあるように思われるのである。
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