2012年度国際法ゼミ

  • ゼミ一同全員集合
    本年度のゼミをフォトアルバムで紹介していきます。

2011年度国際法ゼミ

  • 卒業式の日に(2012年3月25日)
    東日本大震災の直後の2011年4月から緊張した状態で始まったゼミでしたが、進むにつれて打ち解けていきました。最終的なゼミ論の完成まで頑張りました。

2010年度国際法ゼミ

  • 2010年ゼミ卒業記念アルバム写真
    2010年度の法学部国際法専門ゼミのアルバムです。 3,4年合同なので、人数は30人になります。これまでのゼミで最も大人数となりました。

2009年度法学部国際法ゼミ

  • 記念撮影
    共通テーマ「国際人権・人道秩序の再構築」

2008年度国際法ゼミ

  • 北村ゼミ全員集合
    2008年度中央大学法学部国際法ゼミの紹介 「国際人権・人道秩序の再構築をめざして」

2007年度国際法ゼミ

  • クリスマスの季節・忘年会後
    国際法ゼミ(2007年度)の紹介アルバムです。

2006年度国際法ゼミ

  • 2006年度のゼミ生集合写真(2)
    2006年度国際法ゼミのアルバムです。

熊本紀行

  • ライトアップに照らし出される熊本城
    2009年9月14日から19日まで、熊本大学法学部にて集中講義(国際人権論)を行いました。 2011年1月21日、22日に所用のため熊本大学を訪れました。

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2011年3月

2011年3月21日 (月)

ロンドンにて

3月20(日曜日)の夜8時20分ころにロンドン、ヒースロー空港に降り立ちました。日本との時差は9時間ですから、日本時間では、21日の午前5時20分です。

成田を離陸後、途中、中部国際空港に着陸して乗員の交替と給油をしたために、平常の時間よりも5時間遅れとなりました。

空港からホテルまでは、地下鉄を使おうと思っていましたが、入国審査等で空港をでたのが9時20分ころになりましたので、ヒースローエクスプレス(片道2等18£)に乗り、パディントンまで行き、そこからタクシーを使うことにしました。ちょうど午後10時ころにブルームズベリー(Broomsbury)地区にあるHarlingford hotelに到着しました。

折り際に、どこから来たかと聞かれましたので、日本からと答えたところ、地震と津波の災害に対して丁寧なお見舞いの言葉をもらいました。英国でも広く、日本の津波被害には強い関心が持たれているようです。

原発事故以後の放射能汚染を懸念して、欧州各国の航空会社は成田への乗り入れを回避するところもあり、成田発であるだけまだましかもしれません。こういう時にはやはり日系の航空会社の方が安心ですね。

Sn3j0199_2ヴァージン・アトランティック航空を使ったのは初めてでした。機内のエンターテイメントは充実していました。機内では、アカデミー賞の映画「英国王のスピーチ」(King's Speech)を観たりして過ごしました。

エリザベス女王の父君であるジョージ6世を主人公とする映画です。字幕なして英語の映画を理解するのは難しいですが、少しでも英語になれようと機内で耳慣らしのために観ました。ジョージ6世は、ジョージ5世王の次男でしたが、長兄の突然の退位により王位を継承しました。しかし、吃音のため演説が大の苦手でした。

王は、精神科医による訓練を受けながら、その責任の大きさに悩みます。しかし、これを克服して第2次世界大戦の勃発の直後に国民に向けて演説するシーンは、深い印象を受けました。あまりネタばらしはしないのがマナーでしょうが、演説中で英国民に対して投げかける言葉は、今の日本の現状にダブって聞こえてきました。

Sn3j0200_2そんなこんなで、どうにか無事にロンドンに着き、今日3月21日(月)は、ホテルで朝食の後、早速、ロンドン大学の法律図書をそろえているInstitute of Advanced Legal Studiesを訪れています。

写真上は、エコノミークラスの機内食(ヴァージンアトランティック航空)。ごらんの通りですので、期待しない方がよい。

写真下は、ラッセルスクエア・ロンドン地下鉄駅

2011年3月20日 (日)

成田空港にて

成田空港で搭乗待ちです。

日本国内における地震と津波の被害とそれに続く停電などで予想外の状況が続くなかで、外国出張などしている場合ではないのですが、予定どおりでかけます。

おまけに今朝のニュースでは、国連安保理決議を受けてリビアへの軍事介入が実行されました。地震、津波、原発事故に今度は武力行使まで勃発してしまいました。

今回は、ヴァージンアトランティック航空の901便でロンドンまで行きます。

Sn3j0197同便は、直行便ですが、フライトスケジュールを変更して、成田を2時間30分定刻より遅れて出発し、名古屋・中部国際空港に一旦着陸して乗員の交替をしたのちに、ロンドンに向かうことになりました。ロンドン着は定刻よりも6時間程度遅れるようです。

これは、放射能汚染の懸念される東京での乗員の宿泊を回避するための措置のようです。

では、ロンドンについてからまた、今後の様子を報告します。

2011年3月15日 (火)

地震で被害を受けた方々のために-ネット募金

地震以後、東京、関東周辺においても市民生活に影響が出てきています。

計画停電の実施は、具体的に正確な情報が人々に伝えられていないようです。新聞紙面上の記事では、大まかな地域割りのみが掲載されているだけです。

745ssそのような状態の中で、東京周辺の市民の間では、パンなどの食料品、水、電池などの生活物資の買いだめが起こってしまっています。これは、かつてのオイルショックの時を思い起こします。

あの時も後日、なんであのような愚かな行動が起こってしまったのかと反省したはずではないでしょうか。

決して、買い物に走る人々を非難するのではありませんが、地震で被害を受けた方々の窮状を考えて、本当に必要なものを買っているのかどうか冷静に判断して行動したいものですね。

私もたいしたことはできないのですが、とりあえずできることとして、被災者の皆様へのお見舞いの気持ちを表すことと、救援募金に参加することぐらいです。

いろいな募金があるようですが、例えばヤフーのホームページから壁紙を購入することにより募金ができます。額は少額ですが、早速、これを実施してみました。

2011年3月12日 (土)

地震の被害

Sn3j0188_2曜日の夜は、帰宅の交通手段が遮断されていましたので、研究室でしのぎました。

一夜明けて、校舎の外にでて建物を見上げてみたところ、窓ガラスに亀裂が入ったところがあるのが分かりました。

地下鉄も動いていたので、7時半過ぎには帰途につきました。

2011年3月11日 (金)

地震

午後3時前に、研究室内で地震に遭遇した。

これまでに経験したことのないような大きな揺れだった。揺れの始めは、普通の地震かやや周期の大きな揺れだなと思っていたところ、突然、ガタガタと激しく揺れだし、棚から本や書類や小物が落ちだした。こりゃ、危ないsweat01と机の下に身を隠しながら揺れが収まるのをまった。

実は、今週、研究室の引っ越しをしたばかり。ようやく片付けたところだったが、この地震で棚に納めたばかりの本や書類の1割ぐらいがごそっと落ちた。

実害はなかったけれども、建物内の窓ガラスが割れたり、ヒビが入ったりした箇所があったようだ。

大学は春休み中で校舎内にいた学生も少数であったため、大きな混乱はなかった。

帰宅の交通手段は完全にストップしているため、おそらくこのまま研究室に滞留することになる予感。

学生、教職員とも皆無事だった。

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カンボジア・集団殺害(ジェノサイド)博物館(Genocide Museum)

  • 供養塔
    カンボジア、プノンペンのジェノサイド博物館の写真  1975年~1979年にかけてカンボジアを支配していたクメール・ルージュ(赤いクメール)政権の下では、現代史上にもまれなジェノサイドが行われ、約170万人の犠牲者を出したと言われている。人道に対する罪を犯した虐殺の責任者を処罰するために、国連とカンボジア司法当局との共同により設置された特別法廷において裁判がようやく開始された。  この裁判では、ポルポト政権の責任者が訴追されようとしている。国際人権・人道法の実施が、果たして確保されるのかどうか、この裁判の行方に注目していきたい。  この博物館は、当時、多数の政治犯等を捕らえ、拷問の上、殺害を実行した場所である。決して物見遊山で訪れるような場所ではない。しかし、かつての忌まわしい行為の実態を知ることにより、人間の愚かさを顧みる意味はあるだろう。 ※一部に凄惨な写真があります。ご留意ください。

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