2012年度国際法ゼミ

  • ゼミ一同全員集合
    本年度のゼミをフォトアルバムで紹介していきます。

2011年度国際法ゼミ

  • 卒業式の日に(2012年3月25日)
    東日本大震災の直後の2011年4月から緊張した状態で始まったゼミでしたが、進むにつれて打ち解けていきました。最終的なゼミ論の完成まで頑張りました。

2010年度国際法ゼミ

  • 2010年ゼミ卒業記念アルバム写真
    2010年度の法学部国際法専門ゼミのアルバムです。 3,4年合同なので、人数は30人になります。これまでのゼミで最も大人数となりました。

2009年度法学部国際法ゼミ

  • 記念撮影
    共通テーマ「国際人権・人道秩序の再構築」

2008年度国際法ゼミ

  • 北村ゼミ全員集合
    2008年度中央大学法学部国際法ゼミの紹介 「国際人権・人道秩序の再構築をめざして」

2007年度国際法ゼミ

  • クリスマスの季節・忘年会後
    国際法ゼミ(2007年度)の紹介アルバムです。

2006年度国際法ゼミ

  • 2006年度のゼミ生集合写真(2)
    2006年度国際法ゼミのアルバムです。

熊本紀行

  • ライトアップに照らし出される熊本城
    2009年9月14日から19日まで、熊本大学法学部にて集中講義(国際人権論)を行いました。 2011年1月21日、22日に所用のため熊本大学を訪れました。

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2012年3月

2012年3月25日 (日)

高幡不動の梅

今日は大学の卒業式がありました。

久しぶりに天気が良かったので、途中で高幡不動の梅を見に立ち寄ってみました。

下から見上げると五重の塔を覆うように紅梅と白梅が咲いていました。

Takahatahudo_ume01

こちらでは、紅梅と白梅が1本の木に咲いていました。

「源平咲き」とか「源平仕立て」というのだそうです。

Takahatahudo_ume02

ことしは今頃ようやく梅も満開です。あと1週間ほどで桜もほころぶのでしょうか。満開はさらに遅れそうです。

こちらは、「しだれ梅」(白梅)です。

Takahatahudo_ume03_2

2012年3月 5日 (月)

オーストラリア国立大学での短い滞在を終えて

1.オーストラリア、キャンベラの滞在を終えて、昨日帰国しました。

  オーストラリア国立大学は、キャンベラのダウンタウンから近いところにあるオーストラリア国内でも有数の総合大学です。法学研究院(Colleg of Law)は、高度の研究、教育水準でオーストラリアだけでなく国際的にも高く評価されています。

2.ANUのLaw Collegeには、アンダーグラジュエイト(日本でいう)と修士課程(LLM)、法曹養成コース(JD課程)それに博士課程(PhD)のコースがあり、各国からの留学生を含めて多くの優秀な人材を送りだしています。また、移民法、環境法、国際法、ジェンダー法などの分野の研究体制が特に充実しています。各国からの訪問者も随時いて、私の2週間の短い滞在中にも日本の最高裁判所の判事の講演がありましたし、国際司法裁判所のウィラマントリー元裁判官の講話を聞く機会もありました。大げさな会場設定はせず、50、60人のスタッフ、学生が気軽に聞きに来ていました。それに昼食時なのでサンドウィッチと飲み物も用意されていました。

 
3.また、ANUでは、アジア系の留学生の姿を多く見かけました。インドネシア、マレーシアなど東南アジアだけではなく、中国それに最近では韓国からの留学生も多いそうです。日本人留学生の姿はあまり見かけません。

 
 ANUのホームページによれば、2009年度では在学生数が15,632人でそのうち3,563人(22.8%)が留学生(international students)ということですから、4人に1人近くが留学生という実態です。優秀な学生を各国から集められるからこそ高い評価が得られているのでしょう。その背景には、自国語(英語)の研究、教育をそのまま留学生ができるという英語圏の強みが影響しているものと思われます。

 
4.その点、日本では、日本語で大学教育が成り立っていることもあり、特別に外国語に強い学生は除いて、ハードルの高い英語に挑戦してまで外国の大学に留学しようとする学生は少ないように思います。加えて就職活動などの事情から外国の大学に留学する学生の数は伸びていないことが問題視されるようになっています。数週間程度の短期の在外研修の希望は多いのですが、大学の交換留学制度により1年程度の留学を志す学生もさほど多くないようです。

 
5.外国からの留学生の受け入れも、あまり目立った変化はありません。日本の大学教育はそうして世界標準とは別の世界で成り立っているように思われます。国内の大学ランキングは気にすることはあっても、国際的な大学ランキングははじめから「もの差し」が違うからとして意に介さないことを装っているようです。そうして、日本の大学の一部の研究中心大学は別として、多くが国際的評価から取り残されてしまうことにもなりかねません。

6.そこでやはり問題は、日本語の壁がかなり高いということです。特に、社会科学系の場合、留学生はほとんどが中国か韓国などの漢字圏の人たちで成り立っています。中国、韓国でも日本語を学ぶよりは、英語を活用できるようにした方が実利的であるとして日本留学へのプッシュ要因は減ってくるように思われます。再三言い尽くされていることですが、わが国の大学教育の国際的評価を高めるには、英語による質の高い教育の機会を日本人であるか外国人であるかにかかわらずに提供するところがますます重要な課題となるでしょう。

2012年3月 1日 (木)

オーストラリア国立大学(ANU)での客員生活

1.今日から3月です。キャンベラは、月曜日以来、雨が続いています。先週は日中は晴れて気温も30度近くまで達し、夕方に一雨降るというような天気でしたが、今週に入って雨模様で少し肌寒く感じます。夏から秋に変わる時期で東京な9月半ばから下旬のころの長雨に似ています。

P1010958_22.今回のキャンベラ滞在は、オーストラリア国立大学との交流により客員教授として派遣されているものです。往復の日程を入れて18日間の短期の滞在ですが、一応、客員として居る以上は、大学内で講義のようなものをすることになっています。先週は、スタッフミーティングで教授たちを相手に研究報告をしました。また、昨日は学生を相手として講義もしました。

3.先週のスタッフミーティングでの報告の表題は、日本における人権条約の適用(Application of International Human Rights Treaties in Japan)として、日本の裁判所において人権条約がどのように解釈、適用されているかという問題についての報告です。とはいっても、時間内で収めるには絞り込まないといけないので、アイヌの権利に関する二風谷ダム事件判決、受刑者の権利に関する徳島刑務所受刑者接見妨害国賠事件判決、それにいわゆる日比混血児の日本国籍確認訴訟の3つほどに絞って、我が国の裁判所における人権条約の解釈、適用について概要を説明しました。

4.アイヌの問題は、オーストラリアにおける先住民の権利に関するマーボ事件判決などと関連する内容で、先住民の権利に関する普遍的な人権保障の動きを関連して、日本でもこんな判決があることを紹介する意味があると思われます。オーストラリアでは、先住民の問題はかなり重要な問題として常に問題となっています。

P1010957_25.また受刑者の権利も普遍的な性質をもっています。こちらでも2007年のオーストラリア最高裁の違憲判決により、受刑者には一切選挙権を認めていない選挙法の規定は違憲であるという判決が出されました(Roach v AEC and Commonwealth of Australia)。そこで、法が改正されて3年以上の刑期の判決に従って服役中の受刑者だけに選挙権を認めず、それ以下の刑期で服役中の受刑者は選挙権を認めることとしました。ただ、3年の刑期で区切ったことについては、その後も議論があり、すべての受刑者に選挙権を認めるべきであるという主張もあります。

6.受刑者の選挙権については、ヨーロッパ人権裁判所の判決をめぐる英国の動きについてこのブログでも紹介しました。オーストラリアはもちろヨーロッパの国ではありませんが、普遍的な人権の問題として、当地でも議論が続いているようです。人権問題は、このようにどこの国にも関わりのある問題が存在しており、非常に興味深く、こちらでの滞在中も勉強になります。いずれの発表、講義も英語のみで行うのもまたチャレンジングな経験です。

写真の説明

上の写真は、オーストラリア国立大学キャンパス内の大学名の入った標識。キャンパス内にはユーカリの樹などがの緑がたくさんある。

下の写真は、College of Lawの校舎と中庭

 

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カンボジア・集団殺害(ジェノサイド)博物館(Genocide Museum)

  • 供養塔
    カンボジア、プノンペンのジェノサイド博物館の写真  1975年~1979年にかけてカンボジアを支配していたクメール・ルージュ(赤いクメール)政権の下では、現代史上にもまれなジェノサイドが行われ、約170万人の犠牲者を出したと言われている。人道に対する罪を犯した虐殺の責任者を処罰するために、国連とカンボジア司法当局との共同により設置された特別法廷において裁判がようやく開始された。  この裁判では、ポルポト政権の責任者が訴追されようとしている。国際人権・人道法の実施が、果たして確保されるのかどうか、この裁判の行方に注目していきたい。  この博物館は、当時、多数の政治犯等を捕らえ、拷問の上、殺害を実行した場所である。決して物見遊山で訪れるような場所ではない。しかし、かつての忌まわしい行為の実態を知ることにより、人間の愚かさを顧みる意味はあるだろう。 ※一部に凄惨な写真があります。ご留意ください。

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