2012年度国際法ゼミ

  • ゼミ一同全員集合
    本年度のゼミをフォトアルバムで紹介していきます。

2011年度国際法ゼミ

  • 卒業式の日に(2012年3月25日)
    東日本大震災の直後の2011年4月から緊張した状態で始まったゼミでしたが、進むにつれて打ち解けていきました。最終的なゼミ論の完成まで頑張りました。

2010年度国際法ゼミ

  • 2010年ゼミ卒業記念アルバム写真
    2010年度の法学部国際法専門ゼミのアルバムです。 3,4年合同なので、人数は30人になります。これまでのゼミで最も大人数となりました。

2009年度法学部国際法ゼミ

  • 記念撮影
    共通テーマ「国際人権・人道秩序の再構築」

2008年度国際法ゼミ

  • 北村ゼミ全員集合
    2008年度中央大学法学部国際法ゼミの紹介 「国際人権・人道秩序の再構築をめざして」

2007年度国際法ゼミ

  • クリスマスの季節・忘年会後
    国際法ゼミ(2007年度)の紹介アルバムです。

2006年度国際法ゼミ

  • 2006年度のゼミ生集合写真(2)
    2006年度国際法ゼミのアルバムです。

熊本紀行

  • ライトアップに照らし出される熊本城
    2009年9月14日から19日まで、熊本大学法学部にて集中講義(国際人権論)を行いました。 2011年1月21日、22日に所用のため熊本大学を訪れました。

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2012年10月 9日 (火)

タイ人逃亡容疑者の逮捕に関して

1.昨日(10月8日)、19年前に池袋で日本人女性を殺害したタイ人の容疑者がタイで身柄を拘束されたとのニュースがありました。

 この事件に関連して昨日の午後、祝日にもかかわらず授業を終えて、研究室で休息をしていたところ、テレビ朝日のスタッフと名乗る人からの電話を受けました。

 趣旨は、犯罪人引渡条約が締結されていないタイとの間で、この事件の処理にはどのような法律的な問題があるか聞きたいということでした。

2.とりあえず電話で質問に答えていたら、これから研究室までインタビューに来るということになってしまいました。しばらくして、研究室にディレクターとテレビカメラを担いだスタッフが到着。次のような点について、インタビューに答えました。

 
 ①今回の身柄拘束がなされたにも関わらず、日本への引き渡しはなぜ行われないのでしょうか。

 ②わが国は、犯罪人引渡条約を締結している数が著しく少ないのはどうしてでしょうか。

 ③諸外国では犯罪人引渡しにどのように取り組んでいるのでしょうか 。

 
 ざっとこのような点についてカメラを前にインタビューに答えました。しかし、夜になってから、山中教授のノーベル賞受賞という慶賀すべきニュースが飛び込んできたためでしょうか、実際の放送(「報道ステーション」という番組です)は、ほんの10秒ぐらいになってしまいました。

3.そこで、上記の3つの点についての昨日のインタビューを思い起こしながら、どのような受け答えをしたのかについて、ブログに書きとどめて補足しておくこととします。

 ①まず、犯罪人引き渡し条約が締結されることによって、容疑者等が外国に逃亡したのち、現地で逮捕されれば、条約に従って引き渡しを求めることができますが、条約がなくても「国際司法共助」という形で、相互の協力により引き渡しが行われることもあります。これは国家間の自発的な協力で処理するやりかたです。また、引き渡しを行なわないで、逮捕された国において起訴し、処罰するという方法もあります。その場合には、日本側から捜査資料等を相手国に送って、裁判の証拠とすることができます。

 ②現在、日本が犯罪人引渡し条約を締結しているのは、アメリカと韓国との間だけです。わが国は、島国であり、以前は日本にやってくるための交通手段も限られていましたが、現在では、航空機の大量輸送時代になり簡単に国境を越えて行き来することができるようになりました。特に、1980年代後半のバブル経済の頃には来日外国人が急増し、中には罪を犯す者もでてきました。それに応じて、逃亡犯罪人引き渡し条約の締結の要請は高まりましたが、実際にはあまり条約の締結は進んでいません。

 その理由としては、言葉や法制度の違い、特に量刑の違いが壁になっています。ただし、やはり容疑者等が外国に逃亡した場合には、捜査は難しいのでそれっきりになってしまい、事実上、無罪放免に近いような状態になってしまいます。これは、やはり問題ですので、今日の時代の要請に応じた引渡条約の締結、整備は必要だと思います。

 
 ③外国では、それぞれの国によって実情に違いはありますが、日本のように2国間の条約が2つしかないという国はまれです。人々の往来の頻度が多くなるに応じて、引渡条約の締結の必要性が高まります。ヨーロッパ諸国間では陸続きですから、犯罪者がたやすく国外に移動することができます。ですから、犯罪人引渡しに関する法制度は、19世紀中頃から発達してきており、現在ではヨーロッパ諸国間には、一般的な条約や制度があって、引渡しがかなり日常的に頻繁に行われています。

 特にEUの27ヶ国の間では、原則的に国境検査がありませんから、犯罪者が簡単に国外に逃亡することもできます。そこで、テロや国際的な組織犯罪に対応するためにも、逃亡犯罪人の引渡しを簡便かつ迅速に行う必要があります。ただし、何が何でも容疑者を迅速に引渡すのが良いという訳ではなく、容疑者の人権への十分な配慮も求められています。

4.ざっとこんな感じでしょうか。多少の付け加えた分もありますが、昨日のインタビューの内容を思い起こしながら、以上に簡単にまとめてみました。

 実際に放送されたのは、アンダーラインの箇所です。

 それにしてもテレビのインタビューというのは難しいものですね。

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カンボジア・集団殺害(ジェノサイド)博物館(Genocide Museum)

  • 供養塔
    カンボジア、プノンペンのジェノサイド博物館の写真  1975年~1979年にかけてカンボジアを支配していたクメール・ルージュ(赤いクメール)政権の下では、現代史上にもまれなジェノサイドが行われ、約170万人の犠牲者を出したと言われている。人道に対する罪を犯した虐殺の責任者を処罰するために、国連とカンボジア司法当局との共同により設置された特別法廷において裁判がようやく開始された。  この裁判では、ポルポト政権の責任者が訴追されようとしている。国際人権・人道法の実施が、果たして確保されるのかどうか、この裁判の行方に注目していきたい。  この博物館は、当時、多数の政治犯等を捕らえ、拷問の上、殺害を実行した場所である。決して物見遊山で訪れるような場所ではない。しかし、かつての忌まわしい行為の実態を知ることにより、人間の愚かさを顧みる意味はあるだろう。 ※一部に凄惨な写真があります。ご留意ください。

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