犯罪の国際化

2009年10月12日 (月)

アスペルガー症候群のハッカーの運命は?米国への引渡をめぐる訴訟

1 ペンタゴンのコンピュータに侵入したハッカーを米国に引き渡すことは可能か?10月9日(金)英国の高等法院は、引渡に対して最高裁への異議申立を最終的に棄却する判断を示した。

2 北ロンドンに住むゲイリー・マッキノン(Gary McKinnon)氏(43歳)は、同時多発テロ以後の2001年から02年にかけて米国国防省(ペンタゴン)や航空宇宙局(NASA)のコンピュータネットワークに侵入してハッキング行為を行ったことにより米国に犯罪人として引き渡されるかどうかの瀬戸際にいる。

3 ペンタゴンなどへのハッキング行為に対して米国は、自国の裁判所において訴追するために英国当局に対して同氏の身柄を引き渡すよう請求していた。英国内務省は、引渡に応じる決定を行ったので、マッキノン氏側は、引渡が不当として争っていた。

4 今回、英国高等法院(High Court)は、マッキノン氏側からの引渡決定に対して最高裁判所(Supreme Court of the United Kingdom, 2009年10月1日設立されたばかり) への上告を棄却した。これによって、同氏に関する申立については、英国の国内的な法的手段を全て尽くしたことになる。最高裁への上告棄却の理由は、「一般的に重要な法律上の問題」を提起していないという点にあるとされた。

4 マッキノン氏は、ただ単にUFOや地球外生命体に関する情報を得るために好奇心からハッキングを行っただけであり、たまたまペンタゴンなどのコンピューターのセキュリティが緩いから侵入できてしまっただけだし、決してテロリストではないと主張している。また、弁護人は、マッキノン氏がアスペルガー障害を抱えるため米国での裁判に耐えられないので、英国において裁判を受けさせるようにと主張している。仮に米国に引き渡されると、最悪の場合60年刑務所で過ごさなければならなくなる恐れがあるとも伝えられている。

5 米英間の犯罪人引渡条約では、自国民も引き渡すlことができるので、このような事態も十分に予想されるところであろう。弁護士は、最終的手段として内務大臣に対する請願とヨーロッパ人権裁判所に本件の審理を付託することにしていると伝えている。

6 ヨーロッパ人権裁判所の判例では、かつて米国で殺人を犯して英国に逃亡中に身柄を拘束されたドイツ人の青年(Soering対英国事件)の引渡をめぐる事件で、仮に米国に引き渡された場合には、死刑の宣告を受けるおそれに直面することにより非人道的取扱いを禁止する人権条約(3条)違反であると判示したことがある。仮に、ヨーロッパ人権裁判所において本件が繋属するかどうが同氏の運命の分かれ目となるだろう。仮に申立が受理された場合に、人権裁判所が実質審査に進むのかどうかも注目される。

7 海の向こうの事件ではあるが、日本人のハッカーがわが国領域内からペンタゴンのコンピュータシステムに侵入して米国の国家的利益に損害を与えたならば、米国は日本に対してやはり引渡を求めてくるに違いない。

Times Online
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/uk/crime/article6867844.ece

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2007年2月 8日 (木)

ブラジルでの代理処罰裁判の開始

1 昨日のニュースだが、8年前に日本でひき逃げ事件を起こして、ブラジルに逃亡していた日系人容疑者に対する裁判が始まった。これは、日本側の代理処罰の要請に応える形でブラジルで公判手続きが開始されたものだ。

2 このニュースに関連して、NHK衛星第1放送の「きょうの世界」という番組の担当者の方から出演依頼があり、柄にもなく引き受けさせて頂いた。番組キャスターの長崎氏とのやりとりの中でトーク風に解説を試みるという内容だ。生放送なので、なれない場面で冷や汗ものだった。帰宅して家族から不評を聞いて、落ち込むことしきり。だが、なにごとも経験である。

そういうこともあり、この件について、追記しておきたい。

3 ブラジルとの間には犯罪人引渡条約がなく、個別の司法共助の一環として日本からブラジルに容疑者の引渡請求をしたとしてもブラジルでは、自国民不引渡の原則を憲法上の原則としているので、引渡の可能性は殆どないといってよい。だから、今回のような代理処罰の形が採られたのだ。被害者・遺族の心情を思えば、一歩前進、といえよう。

4 このような犯罪がボーダーレス化するに応じて、国際的な司法共助の必要性はますます高まってくるであろう。その点で、最も進んでいるのは、ヨーロッパ諸国の場合だ。ヨーロッパでは、1957年のヨーロッパ犯罪人引渡条約の締結以後、この分野で幾度かの制度改変を遂げてきている。特に、マーストリヒト条約(1992年)の発効によって、刑事司法・警察分野での協力がEUの制度に取り入れられた。

5 各国の警察活動の調整にあたる機関としてヨーロッパ警察機構(ユーロポール/Europol)が設立された。また、ヨーロッパ検察機構(ユーロジャスト/Eurojust)も1999年に設立されている。これは、各国の検察当局間の司法共助を簡便化して、ヨーロッパ規模で訴追の捜査を提案し、捜査の調整を行う機関である。これらの制度をベースとして、ヨーロッパ逮捕令状(European Arrest Warrant)という制度も一部の国の間で導入され始めている。加盟国間で相互に逮捕状の効力を認め合うシステムだ。このように、各国の主権の壁を越えて、ボーダーレスな犯罪対策システムが出来あがっている。これは、ヨーロッパ諸国では犯罪も多いという証でもある。

6 EU域内では、人の自由移動原則があるため、犯罪者であっても、パスポートコントロールなしで、国境を越えることができるから、犯罪も国境を越えて行われるのは必至だという事情がある。人の移動のボーダーレス化が進めばこのような犯罪対策の面でも、それに応じてボーダーレス化が必要とされてくる。

7 もちろん、ヨーロッパ諸国間では、このようなマイナス面だけでなく、プラスの面があるからこそ、人の自由移動を導入しているのだ。たとえば、留学、就職にしても能力に応じて、ヨーロッパ域内であればどこにでも移動し、居住することが保障されるのである。また、共同市場という大きな経済的基盤が築かれている。

8 日本やアジア諸国からすると、まだまだ隔世の感もあるが、先進例を検証することにより、今後、わが国がどのようなシステムを導入するのが良いのかを考えるヒントになるはずである。

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2007年1月21日 (日)

犯罪の国際化への対応-ブラジルに逃亡した容疑者を起訴へ

1 7年前に浜松市内でひき逃げ事件をおこした後、ブラジルに逃亡していた日系人の容疑者がブラジル、サンパウロ州で訴追される運びとなったという事件についてニュースに接した(朝日新聞[東京版]2007年1月19日夕刊)。日本で犯罪を犯してブラジルに逃亡した容疑者を彼の地で起訴するのは、今回が初めてだそうだ。ようやくこの種の国外逃亡事件への取組の端緒が開かれたということである。

2 ところで、外国人が多く在住するようになれば当然犯罪にかかわる者も出てくる。ある程度しかたがないのだが、母国等に逃亡したらそれきり、捜査の手を出せないという状況が問題視されている。その訳は、各国家は、主権を有しており、刑事司法管轄権は国境を越えることができないというのが原則だからだ。日本の刑法は、外国では適用されない。簡単にいえば、日本の警察が外国に出向いて逃亡した容疑者を逮捕したり、身柄を日本に連れ戻すことは相手国の主権侵害になる。これが国家主権の壁という現実である。

3 しかし、犯罪必罰が正義の要請だとすれば、国家主権の壁によって、その実現がはばまれて良いのか、という疑問が当然生じてくる。だから、国家間で犯罪人引渡条約を締結して、逃亡犯罪人の引渡または訴追・処罰を約束しているのだが、現状では日本はアメリカと韓国との間でしか引渡条約を結んでいない。

4 日本もブラジルなどから日系人に限って外国人労働者を受け入れるようになり、その他の国からも研修、興業等の資格で我が国で就労している外国人の数が増えてきた。やはり、ただ受け入れるだけではなく、逃亡犯罪人の引渡手続についても、同時に諸国と法的な整備をしていく必要があるだろう。

5 例えば、ヨーロッパ諸国間(ヨーロッパ評議会の国々)では、「ヨーロッパ犯罪人引渡条約」という多数国間の条約を1957年に締結しており、現在では、旧東欧諸国やイスラエル、南アフリカも含めて40か国以上がこれに加盟している。引渡の手続は煩雑だが、ヨーロッパ諸国間では、引渡手続の簡素化の方向に向かっている。地続きのヨーロッパでは、犯罪を犯して国外に逃亡することが非常に容易だから、条約による国家間協力体制をいちはやく築いたということだ。

6 このような多数国間の引渡条約は、ヨーロッパという同質的国家の間だから可能だということもできる。日本の周りの国をみても、法律制度が同質的といえる国は少ないから、ヨーロッパと同じようには行かないだろう。
 

7 しかし、今日、東アジア諸国間でも「東アジア共同体」構想に向けて交渉が始まったところである。モノ、ヒト、カネ、情報等の流れが国境を越えるのと同時に、犯罪も国境を越える。四方を海に囲まれた我が国でも、諸外国との司法協力体制を強化していく必要がある。

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