2012年度国際法ゼミ

  • ゼミ一同全員集合
    本年度のゼミをフォトアルバムで紹介していきます。

2011年度国際法ゼミ

  • 卒業式の日に(2012年3月25日)
    東日本大震災の直後の2011年4月から緊張した状態で始まったゼミでしたが、進むにつれて打ち解けていきました。最終的なゼミ論の完成まで頑張りました。

2010年度国際法ゼミ

  • 2010年ゼミ卒業記念アルバム写真
    2010年度の法学部国際法専門ゼミのアルバムです。 3,4年合同なので、人数は30人になります。これまでのゼミで最も大人数となりました。

2009年度法学部国際法ゼミ

  • 記念撮影
    共通テーマ「国際人権・人道秩序の再構築」

2008年度国際法ゼミ

  • 北村ゼミ全員集合
    2008年度中央大学法学部国際法ゼミの紹介 「国際人権・人道秩序の再構築をめざして」

2007年度国際法ゼミ

  • クリスマスの季節・忘年会後
    国際法ゼミ(2007年度)の紹介アルバムです。

2006年度国際法ゼミ

  • 2006年度のゼミ生集合写真(2)
    2006年度国際法ゼミのアルバムです。

熊本紀行

  • ライトアップに照らし出される熊本城
    2009年9月14日から19日まで、熊本大学法学部にて集中講義(国際人権論)を行いました。 2011年1月21日、22日に所用のため熊本大学を訪れました。

その他

2012年2月27日 (月)

キャンベラ(オーストラリア)にて

Canberra01_31.2月17日以来、キャンベラのオーストラリア国立大学に短期滞在中です。オーストラリアは今回が初めての訪問です。
 短期の滞在ですが何しろ広大な国なので、東京と比べると交通システムが車中心になっているので全く異なる環境です。
 キャンベラは1911年に建設が始まった新しい人工都市です。すべてが都市計画に従って作られているため、まるで公園の中に町があるような環境です。

2.上の写真は、郊外のエィンズリー(Ainslie)山から望む国会議事堂(Parliament House)です。滑走路のように見えるのは、手前の戦争博物館前のアンザック・パレード(Anzac Prade)です。アンザックは、オーストラリアとニュージーランドの連合軍を指す言葉です。滑走路のような大通りの両側にはオーストラリアとニュージーランドがかつて参加した戦争へのモニュメントが並んでいます。

Canberra02_3Canberra02_53.また、当地の標準英語は、todayがトゥダイになるような特徴があり、慣れるまでやや時間がかかります。
 環境が異なると発想も刺激され、日本(東京)に居ては気がつかないような事柄にも触れることができるような気がします。

4.上は、国会議事堂です。この建物の特徴は屋上に芝生が植えてあり、見学者(国民)が屋根に登れることです。その屋根には四本の支柱に支えられた国旗掲揚塔が建っています。てっぺんにはオーストラリアの国旗が翻っているという仕掛けです。

5.今日(2月27日)は、与党労働党内のリーダーシップを巡りジュリア・ギラード首相とケビン・ラッド元外相との間で与党の議員投票が行われ、ギラード首相が大差でその地位を保持しました。

 政権与党内のリーダーシップを巡ってどろどろとした対立抗争が続いているのは、英国型の議員内閣制(ウェストミンスター・モデル)を採用している国の特徴でしょうか。この混戦を受けて、オーストラリアでも首相公選制または大統領制を採用したらどうかなどという意見もあるようです。これもどこかの国でも取り上げられつつある議論ですが。

 ギラード首相は党内での支持基盤は安定したようです。ギラード首相は、美人ともいわれてますが、議会での党首討論などの模様を見ているとかつて英国の「鉄の女(Iron Lady)」といわれたマーガレット・サッチャー元首相を彷彿させる堅固な政治家です。

6.三題噺のようですが、サーチャー元首相といえば、映画「アイアン・レイディ」でサッチャー元首相の生涯を演じたメリル・ストリープが今日の米国アカデミー賞の授賞式で主演女優賞を獲得しましたね。今回、オーストラリアにくるカンタス航空の飛行機の中で見ました。やや退屈な内容ですが、彼女の演じるマーガレット・サッチャーは、顔かたちから話し方まで実に本物そっくり。これには本当に驚きました。

 
  

2011年3月21日 (月)

ロンドンにて

3月20(日曜日)の夜8時20分ころにロンドン、ヒースロー空港に降り立ちました。日本との時差は9時間ですから、日本時間では、21日の午前5時20分です。

成田を離陸後、途中、中部国際空港に着陸して乗員の交替と給油をしたために、平常の時間よりも5時間遅れとなりました。

空港からホテルまでは、地下鉄を使おうと思っていましたが、入国審査等で空港をでたのが9時20分ころになりましたので、ヒースローエクスプレス(片道2等18£)に乗り、パディントンまで行き、そこからタクシーを使うことにしました。ちょうど午後10時ころにブルームズベリー(Broomsbury)地区にあるHarlingford hotelに到着しました。

折り際に、どこから来たかと聞かれましたので、日本からと答えたところ、地震と津波の災害に対して丁寧なお見舞いの言葉をもらいました。英国でも広く、日本の津波被害には強い関心が持たれているようです。

原発事故以後の放射能汚染を懸念して、欧州各国の航空会社は成田への乗り入れを回避するところもあり、成田発であるだけまだましかもしれません。こういう時にはやはり日系の航空会社の方が安心ですね。

Sn3j0199_2ヴァージン・アトランティック航空を使ったのは初めてでした。機内のエンターテイメントは充実していました。機内では、アカデミー賞の映画「英国王のスピーチ」(King's Speech)を観たりして過ごしました。

エリザベス女王の父君であるジョージ6世を主人公とする映画です。字幕なして英語の映画を理解するのは難しいですが、少しでも英語になれようと機内で耳慣らしのために観ました。ジョージ6世は、ジョージ5世王の次男でしたが、長兄の突然の退位により王位を継承しました。しかし、吃音のため演説が大の苦手でした。

王は、精神科医による訓練を受けながら、その責任の大きさに悩みます。しかし、これを克服して第2次世界大戦の勃発の直後に国民に向けて演説するシーンは、深い印象を受けました。あまりネタばらしはしないのがマナーでしょうが、演説中で英国民に対して投げかける言葉は、今の日本の現状にダブって聞こえてきました。

Sn3j0200_2そんなこんなで、どうにか無事にロンドンに着き、今日3月21日(月)は、ホテルで朝食の後、早速、ロンドン大学の法律図書をそろえているInstitute of Advanced Legal Studiesを訪れています。

写真上は、エコノミークラスの機内食(ヴァージンアトランティック航空)。ごらんの通りですので、期待しない方がよい。

写真下は、ラッセルスクエア・ロンドン地下鉄駅

2011年3月20日 (日)

成田空港にて

成田空港で搭乗待ちです。

日本国内における地震と津波の被害とそれに続く停電などで予想外の状況が続くなかで、外国出張などしている場合ではないのですが、予定どおりでかけます。

おまけに今朝のニュースでは、国連安保理決議を受けてリビアへの軍事介入が実行されました。地震、津波、原発事故に今度は武力行使まで勃発してしまいました。

今回は、ヴァージンアトランティック航空の901便でロンドンまで行きます。

Sn3j0197同便は、直行便ですが、フライトスケジュールを変更して、成田を2時間30分定刻より遅れて出発し、名古屋・中部国際空港に一旦着陸して乗員の交替をしたのちに、ロンドンに向かうことになりました。ロンドン着は定刻よりも6時間程度遅れるようです。

これは、放射能汚染の懸念される東京での乗員の宿泊を回避するための措置のようです。

では、ロンドンについてからまた、今後の様子を報告します。

2011年3月15日 (火)

地震で被害を受けた方々のために-ネット募金

地震以後、東京、関東周辺においても市民生活に影響が出てきています。

計画停電の実施は、具体的に正確な情報が人々に伝えられていないようです。新聞紙面上の記事では、大まかな地域割りのみが掲載されているだけです。

745ssそのような状態の中で、東京周辺の市民の間では、パンなどの食料品、水、電池などの生活物資の買いだめが起こってしまっています。これは、かつてのオイルショックの時を思い起こします。

あの時も後日、なんであのような愚かな行動が起こってしまったのかと反省したはずではないでしょうか。

決して、買い物に走る人々を非難するのではありませんが、地震で被害を受けた方々の窮状を考えて、本当に必要なものを買っているのかどうか冷静に判断して行動したいものですね。

私もたいしたことはできないのですが、とりあえずできることとして、被災者の皆様へのお見舞いの気持ちを表すことと、救援募金に参加することぐらいです。

いろいな募金があるようですが、例えばヤフーのホームページから壁紙を購入することにより募金ができます。額は少額ですが、早速、これを実施してみました。

2011年3月11日 (金)

地震

午後3時前に、研究室内で地震に遭遇した。

これまでに経験したことのないような大きな揺れだった。揺れの始めは、普通の地震かやや周期の大きな揺れだなと思っていたところ、突然、ガタガタと激しく揺れだし、棚から本や書類や小物が落ちだした。こりゃ、危ないsweat01と机の下に身を隠しながら揺れが収まるのをまった。

実は、今週、研究室の引っ越しをしたばかり。ようやく片付けたところだったが、この地震で棚に納めたばかりの本や書類の1割ぐらいがごそっと落ちた。

実害はなかったけれども、建物内の窓ガラスが割れたり、ヒビが入ったりした箇所があったようだ。

大学は春休み中で校舎内にいた学生も少数であったため、大きな混乱はなかった。

帰宅の交通手段は完全にストップしているため、おそらくこのまま研究室に滞留することになる予感。

学生、教職員とも皆無事だった。

2010年3月20日 (土)

那覇の「やむちん通り」

昨日(19日)から出張のため沖縄に来ています。

今日(20日)の午前中は、ちょっと時間がありましたので、那覇市の国際通りから平和通りを抜けて少し入ったところにある、「壺屋やむちん通り」を散策してみました。

2010_319_01_2

「やむちん」とは焼き物のことです。説明書きによると、1682年に琉球王府が、那覇周辺に散らばっていた陶工を集めて作った陶器の街だそうです。国際通りから「やむちん通り」に入る箇所には上の写真のような掲示板がありました。道路標識の下にニセの標識を堂々と掲げているあたりに、南国的な大らかなユーモア・センスを感じます。

2010_319_02

「ひめゆり通り」まで抜けたところには、上のような案内板がありました。

このあたりは陶器工房が軒を連ねてお店を開いています。ちょっと路地に入るとノスタルジックな沖縄文化のディープ空間が残っています。

2010_319_04

現在も使用しているものかどうか分からりませんが、登り窯も残されていました。

通りをぶらつきながら焼き物のお店を何軒か覗いてみて、結局コーヒー茶碗と八重山ミンサーという綿織物の敷物を買い求めました。

2010_319_05_2

壺屋焼窯元「新垣陶苑」(あらかきとうえん)製のカップ&ソーサーです。肉厚で暖かみのある生地に線彫りという技法で輪郭を描き、赤の鮮やかな絵付けを施す技法が使われています。素朴な力強さに惹かれました。

2010年2月25日 (木)

ロンドンのヒースロー空港・第5ターミナルにて

2月21日に成田を発ってロンドンを経由して、23日と24日には北アイルランド、ベルファーストのクィーンズ大学を訪れてきました。

当地で教壇に立たれているO氏を訪ね、昨日(24日)はこちらの人権センター(Human Rights Centre)の所長らと面談。多文化社会が抱える諸問題について東京で開催する予定のワークショップの日程や内容について打ち合わせをしました。

その後、クイーンズ大学のスタッフと大学院生らが集まるセミナーでプレゼンーションを行いました。

主題は、「国際人権法の視点からみた日本の法文化」(Japanese Legal Culture looking from the Perspectives of International Human Rights Law)という内容での30分程度の報告。その後、質疑応答を含めて1時間のセミナーでした。質問にもどうにか答えたが、我ながら発音がクリアでない部分があったかなと思ういますが、まあ、あまり気にしてもかえって発言ができなくなるので今回はこんなものしょうと自己満足。

ベルファーストのホテルは、Dukes at Queen's と言ってクィーンズ大学近くにある最近改装されたばかりのブティックホテルでした。部屋は広く清潔で、ボリューム満点のアイリッシュ・ブレックファーストには大変感嘆しました。

今朝、ベルファーストを発って、ロンドンヒースロー空港にて、ハンガリーのブタペスト行きの便を待ち合わせているところです。2年前にできた第5ターミナルのカフェ・ネロでは無料の無線LANが利用できることを発見しました。時間のある人には、おすすめしておきます。

2009年11月27日 (金)

今年の紅葉(京王線、高幡不動)

Cimg2122_s_2 京王線の高幡不動駅から歩いて3分ほどのところに、川越街道に面して高幡不動が鎮座している。

紅葉の季節の見納めにと授業の前、ちょこっと足を運んで紅葉の風景をデジカメに納めてきた。

紅葉の赤と黄色の銀杏の葉のコントラストが青い空にうつくしく映えていた。

Cimg2123_s境内には新撰組副長として知られる土方歳三の銅像が建っている。

司馬遼太郎の小説『燃えよ剣』の主人公としても知られる。ご当地日野の出身である。銅像は北を向いて遠くを見つめている。彼の最期の地、函館・五稜郭を遠望しているようである。

2009年5月18日 (月)

平成21年度新司法試験終了

本年度の新司法試験が昨日終了した。一日の休息日を含めて延べ5日間の脳力、気力、体力が問われる試験だ。受験生諸君は、本当にお疲れ様でした。

本日既に、法務省のホームページには短答、論文全科目の問題が公開されていた。http://www.moj.go.jp/SHIKEN/SHINSHIHOU/h21-22jisshi.html

今年の国際公法の問題については、全般的にみて法科大学院の授業を受けていれば、十分に対応可能であり、良く練られた問題であるように思われる。

これから短答式の合否が6月中旬に公表され、その後、最終合否結果は9月10日に発表されるそうだ。それまでがまた長いけれども、貴重な時間である。結果の如何が気になるところだろうが、常に前向きに取り組んでいって欲しい。

2009年5月11日 (月)

がんばれ、受験生!

また、しばらく間が空いてしまった。
週末には、私の所属する分野の学会が行われ、日曜に報告を担当した。終わって、ほっとしているが、原稿執筆などの課題はつきない。また、別の課題で頭を抱える日々が続きそう。

さて個人的な事は別として、今週の13日から17日まで新司法試験が行われる。
自分の指導した受験がこの試験を受ける。
がんばれ、健闘を祈っている。

2015年4月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ

カンボジア・集団殺害(ジェノサイド)博物館(Genocide Museum)

  • 供養塔
    カンボジア、プノンペンのジェノサイド博物館の写真  1975年~1979年にかけてカンボジアを支配していたクメール・ルージュ(赤いクメール)政権の下では、現代史上にもまれなジェノサイドが行われ、約170万人の犠牲者を出したと言われている。人道に対する罪を犯した虐殺の責任者を処罰するために、国連とカンボジア司法当局との共同により設置された特別法廷において裁判がようやく開始された。  この裁判では、ポルポト政権の責任者が訴追されようとしている。国際人権・人道法の実施が、果たして確保されるのかどうか、この裁判の行方に注目していきたい。  この博物館は、当時、多数の政治犯等を捕らえ、拷問の上、殺害を実行した場所である。決して物見遊山で訪れるような場所ではない。しかし、かつての忌まわしい行為の実態を知ることにより、人間の愚かさを顧みる意味はあるだろう。 ※一部に凄惨な写真があります。ご留意ください。

ウェブページ