2012年度国際法ゼミ

  • ゼミ一同全員集合
    本年度のゼミをフォトアルバムで紹介していきます。

2011年度国際法ゼミ

  • 卒業式の日に(2012年3月25日)
    東日本大震災の直後の2011年4月から緊張した状態で始まったゼミでしたが、進むにつれて打ち解けていきました。最終的なゼミ論の完成まで頑張りました。

2010年度国際法ゼミ

  • 2010年ゼミ卒業記念アルバム写真
    2010年度の法学部国際法専門ゼミのアルバムです。 3,4年合同なので、人数は30人になります。これまでのゼミで最も大人数となりました。

2009年度法学部国際法ゼミ

  • 記念撮影
    共通テーマ「国際人権・人道秩序の再構築」

2008年度国際法ゼミ

  • 北村ゼミ全員集合
    2008年度中央大学法学部国際法ゼミの紹介 「国際人権・人道秩序の再構築をめざして」

2007年度国際法ゼミ

  • クリスマスの季節・忘年会後
    国際法ゼミ(2007年度)の紹介アルバムです。

2006年度国際法ゼミ

  • 2006年度のゼミ生集合写真(2)
    2006年度国際法ゼミのアルバムです。

熊本紀行

  • ライトアップに照らし出される熊本城
    2009年9月14日から19日まで、熊本大学法学部にて集中講義(国際人権論)を行いました。 2011年1月21日、22日に所用のため熊本大学を訪れました。

雑感

2012年11月27日 (火)

晩秋の晴天の日に

2012_1127_takahatahudo_00_2昨日の雨もやんで、今日は朝から晴天でした。

午前中に多摩キャンパスまで行く用事があるので、ついでに高幡不動の紅葉をカメラに納めようかと思い立ちデジカメを鞄にしまい込んで出かけました。

まずは高幡不動のシンボルタワーを一枚。パチリ。(写真をクリックすると拡大します)朱色の五重の塔が青い空に映えていました。

2012_1127_takahatahudo_061_4高幡不動の裏山の自然道は88カ所巡りのお遍路道になっています。ちょっと歩いて登ってみることにしました。

登ると言っても、40~50mほどの小高い丘程度なので、5分も歩くと頂上付近までいけます。昔は、ここに山城が築かれていたそうです。

丹沢山系の山の後ろに白く雪化粧をした富士山がちらりと顔をのぞかせています。木立が邪魔してなかなか撮影ポジションが決まりません。

2012_1127_takahatahudo_02次に東の方向にレンズを構えると、西新宿の高層ビル群と東京スカイツリーまで見渡すことができました。

同じ場所で富士山とスカイツリーが見渡せるというのも、なかなか貴重な場所です。

その昔には、ここに「高幡城」という山城があったというのもうなずけます。見晴らしがすごくよいのです。戦略の要衝という訳ですね。攻めてきた敵勢の動きをいち早く察知することができるのでしょう。

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山道には紅葉(もみじ)が陽に映えて輝いて見えました。

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こちらは第80番目の地蔵尊。

赤い毛糸の帽子がお似合いです。

2012年3月 5日 (月)

オーストラリア国立大学での短い滞在を終えて

1.オーストラリア、キャンベラの滞在を終えて、昨日帰国しました。

  オーストラリア国立大学は、キャンベラのダウンタウンから近いところにあるオーストラリア国内でも有数の総合大学です。法学研究院(Colleg of Law)は、高度の研究、教育水準でオーストラリアだけでなく国際的にも高く評価されています。

2.ANUのLaw Collegeには、アンダーグラジュエイト(日本でいう)と修士課程(LLM)、法曹養成コース(JD課程)それに博士課程(PhD)のコースがあり、各国からの留学生を含めて多くの優秀な人材を送りだしています。また、移民法、環境法、国際法、ジェンダー法などの分野の研究体制が特に充実しています。各国からの訪問者も随時いて、私の2週間の短い滞在中にも日本の最高裁判所の判事の講演がありましたし、国際司法裁判所のウィラマントリー元裁判官の講話を聞く機会もありました。大げさな会場設定はせず、50、60人のスタッフ、学生が気軽に聞きに来ていました。それに昼食時なのでサンドウィッチと飲み物も用意されていました。

 
3.また、ANUでは、アジア系の留学生の姿を多く見かけました。インドネシア、マレーシアなど東南アジアだけではなく、中国それに最近では韓国からの留学生も多いそうです。日本人留学生の姿はあまり見かけません。

 
 ANUのホームページによれば、2009年度では在学生数が15,632人でそのうち3,563人(22.8%)が留学生(international students)ということですから、4人に1人近くが留学生という実態です。優秀な学生を各国から集められるからこそ高い評価が得られているのでしょう。その背景には、自国語(英語)の研究、教育をそのまま留学生ができるという英語圏の強みが影響しているものと思われます。

 
4.その点、日本では、日本語で大学教育が成り立っていることもあり、特別に外国語に強い学生は除いて、ハードルの高い英語に挑戦してまで外国の大学に留学しようとする学生は少ないように思います。加えて就職活動などの事情から外国の大学に留学する学生の数は伸びていないことが問題視されるようになっています。数週間程度の短期の在外研修の希望は多いのですが、大学の交換留学制度により1年程度の留学を志す学生もさほど多くないようです。

 
5.外国からの留学生の受け入れも、あまり目立った変化はありません。日本の大学教育はそうして世界標準とは別の世界で成り立っているように思われます。国内の大学ランキングは気にすることはあっても、国際的な大学ランキングははじめから「もの差し」が違うからとして意に介さないことを装っているようです。そうして、日本の大学の一部の研究中心大学は別として、多くが国際的評価から取り残されてしまうことにもなりかねません。

6.そこでやはり問題は、日本語の壁がかなり高いということです。特に、社会科学系の場合、留学生はほとんどが中国か韓国などの漢字圏の人たちで成り立っています。中国、韓国でも日本語を学ぶよりは、英語を活用できるようにした方が実利的であるとして日本留学へのプッシュ要因は減ってくるように思われます。再三言い尽くされていることですが、わが国の大学教育の国際的評価を高めるには、英語による質の高い教育の機会を日本人であるか外国人であるかにかかわらずに提供するところがますます重要な課題となるでしょう。

2011年11月 8日 (火)

国際人権法学会に行ってきました。

1.日程

 11月5日(土曜日)と6日(日曜日)の両日、国際人権法学会の研究大会が北海道大学にで開催されました。

 4日の午後に羽田を発ち夕方に千歳空港に到着。その日の夜は、合同委員会。
 5日の朝10時から夕方まで研究大会でした。夜は懇親会。続く、6日の日曜日も同じく朝10時から午後まで開催されました。

2.テーマ

 今回の学会の統一テーマは、「国内裁判所による人権救済と憲法上の人権・人権条約上の人権ー個人通報制度への参加を視野に入れて」でした。副題に含まれている個人通報制度とは、自由権規約の選択議定書や女性差別撤廃条約選択議定書などに定められている個人通報制度のことです。

 個人通報制度を受け入れることによって、国内の人権救済手続(裁判等)によって人権が救済されない場合に、当該個人は、条約上の監視機関による審査を請求する道が開かれます。

 例えば、非嫡出子の相続分について嫡出子の2分の1と定めている民法900条4項の規定は、憲法14条および国際人権条約に定める「法の下の平等」に違反するなどという主張に対して、最高裁の多数意見は、憲法に違反しないという解釈を示しています。ところが、この点については、既に自由権規約委員会は、1993年11月、日本政府の報告書審査の結論において、「規約第2条、第24条及び第26条の規定に一致するように、婚外子に関する日本の法律が改正され、そこに規定されている差別的な条項を削除」するよう勧告しました。したがって、もしわが国最高裁が憲法判断を維持したまま(民法を改正しないまま)、個人通報制度を批准すれば、この問題を個人通報制度の下で再度、人権規約に違反するかどうかが問題となりうるでしょう。

 わが国ま未だこれらを受諾していませんが、民主党のマニュフェストにその批准が謳われていました。したがって、いずれわが国も受け入れることになった場合を視野に入れて、憲法および人権条約の実体規定をどのように解釈、適用する必要があるのかが当面の関心となるでしょう。自由権規約第1選択議定書は、114ヵ国により既に批准されています。アジアでは、お隣の韓国やフィリッピンが批准しています。

3.報告

 5日の午前中の報告では、自由権規約委員会の規約解釈の法的性格、ヨーロッパ人権裁判所の判例の国内的効力等についての報告がありました。午後には、北海道に縁のある裁判例として、二風谷ダム事件判決などを通じて、わが国の裁判所における人権条約の解釈適用の方法等についての報告が行われました。

 今回のテーマは、特に国内裁判所による人権条約の解釈と憲法の人権規定と関係などについて興味ある報告が続き、有意義な研究大会でした。

4.余談―旧北海道庁と北大キャンパスの紅葉

 土曜日( 5日)の朝は小雨模様でしたが、ホテルから歩いて北大に向かう途中に旧北海道庁の赤煉瓦庁舎の前を通りました。天候の関係で赤煉瓦もややくすんで見えましたが、デジカメで写真におさめましたものをアップしておきます。写真をクリックすると拡大します。

Sn3j0261s_2

北大構内の紅葉のシーズンは終盤にさしかかっていましたが、まだ紅葉の盛りの木々も残っていました。図書館前の記念碑と背景の紅葉をデジカメで撮りました。 
 
 

Sn3j0269s_2

キャンパスのメインストリート(?)の銀杏並木が黄色に色づいていました。自然と見事に調和したキャンパスでした。
 

Sn3j0273s

 

2011年1月 2日 (日)

正月風景(写メです)

20100101hatumoude 正月ですので、1日には散歩がてら近所の神社まで見物に出かけました。写真の通り、寒いなか参拝者でたいそう混み合っていました。

犬を散歩していたためお参りはせずに写真だけとってきました。

次に向かったのは、散歩道です。早咲きの紅梅が早くも満開の状態でした。

まだ、落葉が終わったばかりという状態の銀杏や紅葉も残っているというのに。

20100101ume携帯の写メのため(?)小さな花にピントを合わせるのが難しかったので、ややピンぼけの状態です。

2011年1月 1日 (土)

2011年 明けましておめでとうございます

新たな年を迎えました。fuji

昨年は、このブログ更新が何度か滞りがちになりました。

思い返すと、昨年中もセミナー、シンポジウム、国際会議など企画したり参加したりしましたが、ブログでは一部しか取り上げませんでした。やはり、私的なメモとしてでも、取り上げておけばよかったなと思います。

また、このブログのテーマである国際人権法、国際刑事法関係の出来事も数多くの生起しています。これらについてもメモ的な記事として扱った回数は、それほど多くはありませんが、ネット検索の結果、参照されている記事もあるようです。

今年も、私の身の回りであった事柄と社会的に特に留意しておきたい事柄について、国際人権法の視点をメモワール風に提示することを主たる目的としていきます。

日々の事柄に追われて、そう頻繁に更新することはできないとは思いますが、今年は、このブログをもう少し活性化させてみたいと思います。

年が改まったのを契機として、ブログのデザインを変えてみました。ココログ既成のデザインをそのまま使用しただけです。

目にとまりましたら、今年も時々このページをクリックして下さい。

2010年12月21日 (火)

インチョンからの帰国便の顛末

12月19日の14時半の全日空908便で成田に帰る予定でした。当便は、普段のように滞りなく、乗客の搭乗を済ませて、機体のハッチを閉め、デッキを離れて牽引車に引かれて動き出したところで、タキシーに入らず機体が停止。

エンジンがかからないとのアナウンス。しばらくそのまま待たされたまま、乗客がトイレに立ったり、客室乗務員が水やジュースを配ったりして時間が過ぎていきました。やがて、デッキに再接続し、前方のハッチが開かれ、搭乗の通路まで出ることはできましたが、暖房の空気がよどんだ機内に閉じ込められていました。

やがて、エンジンスターターの不具合であること、修理のための部品がインチョンにはないので、成田から取り寄せるとのアナウンスがありました。そのため、本日のフライトはキャンセルとなり、翌日の10時発に変更すると告知されました。その間、約2時間が経過。

Nh908stub_2 結局、乗客全員が降機させられ、免税品は空港外に持ち出せないためにいったん預かりの手続をし、出国手続を取消し(パスポートの出国印にVOIDの判子を押す)、全日空の手配した宿泊先のホテルに向かう。これがなんと、今朝まで3泊したホテル。

ソウル市内に住んでいる人以外、ほとんどはホテルに宿泊したと思います。当日の成田行きはどの便も満席のため、振り替え便の手配はありません。自腹で羽田行きなどの別便に乗り換えることも、もしや可能であったかも知れませんが、乗客の大半はホテルで宿泊したようです。

さて、翌朝はなんと想定外の濃霧(視界、数十メートル)。濃霧の中を決死の覚悟で8時にホテルをバスで出発して、空港に向かう。出国手続をやり直しです。帰国便の機体は、前日から修理中の機体は修理が間に合わないために使用せず、救援機を成田からインチョンに向かわせているとのアナウンス。

しかし、この救援機がインチョン上空で霧が晴れるのを待ちつつ旋回飛行をしていましたが、案の定、霧が晴れずに着陸できず、福岡に降りるということに。この時点で既に12時を回っていました。12時半ころからようやく、視界が晴れてきて、結局、中部国際空港からインチョンに到着する便を待って、成田に向かうとのアナウンス。ゲートは117番から119番に変更されたので、また移動。

Sn3j0043 帰国便は、インチョン空港を13時55分ごろたち、成田着16時50分ごろでした。

私は工学系には弱いので、エンジン・スターターなる部品がどのようなものか分かりませんが、一晩かけて修理できなかったようです。

機体の故障と濃霧というダブルパンチに泣かされました。

上の写真は、搭乗便の半券です。赤字のマークはカウンターでチェックイン時にANA職員が付けた印です。

下の写真は、インチョン空港119番ゲートに駐機中の中部国際空港からの便です。
偶然とは言え、119番ゲートとは因果な番号でした。

2010年7月 6日 (火)

企業活動のアジア進出と弁護士業務

夕刻、18時より有楽町にて某法律事務所の設立を祝う会に出席した。会場は大手町、予定の時刻には既に、受付に人だかりができていた。出席者数は、ざっと150人も居ただろうか。盛会であった。

Sn3j01092_2 もとより法律事務所のこのような会に出席することは希であるが、大学時代からの友人であるT弁護士がパートナーとなって設立した事務所ということで参加してみた。

参加していた人々は、多くがクライアントの企業関係者であった。企業の種類も多様で、住宅産業、IT関連企業、投資ファンド系のジョイントベンチャーなどからファッション産業などまで。とりわけブライダルファッションで著名なデザイナーさんもいらしていて、華やかな一面もみられた。

やはり、アジア各国への企業進出が進む中で法律事務所も国際対応が求められていることが実感された。ITやジョイントベンチャー関係はもとより、住宅関連企業も中国に進出を図っているとの挨拶があった。かのブライダル・ファッション企業も、中国に白のウェディングドレスを持ち込み成功したことで、先日テレビでも話題となっていたと記憶している。

わが国において「産業の空洞化」と言われてもう20年近くが経過している。今日では、日本企業も国内市場だけを基盤としているだけでは確実に先細りである。そして、アジア経済は日本、韓国、中国、台湾などの単独のマーケットの集合ではなく、アジアを基盤とした一つの経済圏が既定事実としてできあがっているかのように思われる。このアジア経済圏を基盤とした経済活動が今脈々と立ち上がっている。

企業もアジア諸国の進出に防御だけを考えて居たのではダメだろう。アジア経済を基盤としたビジネスが日本企業の普通の姿となりつつあるように思われる。そうした中で、法律家、弁護士業も一国の国内法の解釈、運用だけではもう企業のニーズに対応できない時代となっているかのように思われた。

法科大学院における国際関係の法律学の教育も国際化対応がますます求められているだろう。日本の法曹教育においても国際ビジネスに対応できる能力をますます伸ばしていかなければ、経済だけでなく法律実務の分野でもアジア諸国の法律家に太刀打ちできなくなるのではないだろうか。こんな懸念を感じながら会場をあとにした。

2010年3月 1日 (月)

チェコ共和国、ブルーノに滞在

昨日(2月27日)、ハンガリーのブダペストの東駅から列車に乗って、チェコ共和国のブルーノ市に到着しました。

Butapest_east_sta

こちらのホテルに滞在中です。今日は、日曜日なので調査の予定がないので、こちらの歴史的文化を探索しようと散歩に出かけました。

ブルーノはチェコのモラヴィア地方の中心都市として栄えた町です。今ではプラハに続くチェコ第2の街で、市内にチェコの憲法裁判所があります。明日は、そこを訪れる予定です。

昼前に市の中心にあるゴチック教会を訪れたところちょうどミサが始まるところでした。厳粛な雰囲気の中で賛美歌の合唱を聴けてよかったです。

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その後、丘の上の砦(城)に上ってきました。ハンガリーから列車で数時間の旅ですが、言葉も通貨も違います。チェコの通貨はコルナといいます。ハンガリーはフォリント。どちらもEUの加盟国ですが、まだユーロ圏ではありません。

ヨーロッパの文化的多様性の一端を垣間見たような気がします。

Burno_01

2010年2月18日 (木)

ブログの更新が滞っているワケ

お晩です.( ^ω^ )このところ,とんとブログの更新をしていません.

お客さんも希な閑散としているブログですから,なぜだといぶかる人もいないとは思います.でも,もし何度か覗いているいただいている人がいたら,ブログほったらかして,なんしとるんかな?とお思いでしょうね.

別に病気で入院hospitalしている訳ではありません.風邪も引かずに順調です.

ブログの他に書くものがあるからです.
つまり原稿ですね.提出期限を過ぎた原稿を抱えていながら,ブログなんかせっせと更新していたら,編集者から,

「何やっているのか!(`Д´)」

とおしかりを受けそうな気がするのですね.

気が弱いものですから,ブログの更新が長らく休んでいるときは,原稿で苦しんでいるときなんです.

でも,もう少しで,トンネルを抜け出しそうです.

明日は東京地方も雪snowだとか.久しぶりに多摩に行きます.モノレールが止まらないかが心配です.

2009年11月14日 (土)

新司法試験合格を内輪で祝う会

 11月12日(木)

 かなり遅くなったが今年度の新司法試験で国際公法を選択して合格した3人を囲んで合格を祝う会合をささやかならが実施した。場所は銀座の某、ダイニングバー。

 国際法の選択者は全国的にも少ないが、3人は貴重な存在である。今後彼らは司法修習生として採用され、やがて実務法曹として、弁護士、検察官または裁判官として育っていく。普段、滅多に訪れたことのない銀座にしたせいか、主賓の合格者が道に迷って遅れて到着するというアクシデントもあったが、あとは現役生と合格者との和やかな会合となった。

 新司法試験合格者の中で国際法を学んだ者がより多く居てほしいとは期待したいが、現状はなかなかそうはなっていない。国際法教育が実務法曹の中で定着し、国際法を学んだ法曹が育っていくためには、国際法を選択しても(というのは変だが)、ちゃんと普通に合格を果たすことができる、という例が身近に存在することが大事だろう。

  来年は、現役生の中からさらに続けて合格者を出ていただくことを期待して、1本締めでお開きとなった。
 

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カンボジア・集団殺害(ジェノサイド)博物館(Genocide Museum)

  • 供養塔
    カンボジア、プノンペンのジェノサイド博物館の写真  1975年~1979年にかけてカンボジアを支配していたクメール・ルージュ(赤いクメール)政権の下では、現代史上にもまれなジェノサイドが行われ、約170万人の犠牲者を出したと言われている。人道に対する罪を犯した虐殺の責任者を処罰するために、国連とカンボジア司法当局との共同により設置された特別法廷において裁判がようやく開始された。  この裁判では、ポルポト政権の責任者が訴追されようとしている。国際人権・人道法の実施が、果たして確保されるのかどうか、この裁判の行方に注目していきたい。  この博物館は、当時、多数の政治犯等を捕らえ、拷問の上、殺害を実行した場所である。決して物見遊山で訪れるような場所ではない。しかし、かつての忌まわしい行為の実態を知ることにより、人間の愚かさを顧みる意味はあるだろう。 ※一部に凄惨な写真があります。ご留意ください。

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